今年の夏も暑かった。その猛暑がようやく下火になった8月下旬頃から、久々の散歩を再開できた。南荻窪図書館を左手に見ながら、ゆるやかな坂道を登りきると環八通りに出る。そこから、今度は下り気味の道をトコトコ歩いて行くと、善福寺川緑地公園にぶつかる。川沿いの狭い道を、約1時間かけて歩くのが、わたしのお気に入りコースだ。
ずっと以前には、エアロビックスやらピラティスなども試してみた。近くのジム会員になり、プールで泳いだこともあったが、今ではもっぱらウォーキング専門だ。ひとりでのんびり、好きな時に好きなペースで歩くだけの運動だが、なにもしないよりはましだろう。
ウォーキングを再開した初日のこと。ふと川沿いのコンクリート護岸を見ると、カワセミがたたずんでいるではないか。それも2羽。少し距離をおいて、夫婦だろうか、それとも親子だろうか、並んで川を向いて立っている。すわっているのかな。1羽はほっそり型、もう1羽はずんぐり型。からだ前部は明るい茶色、両脇はチャコールグレー。背中に鮮やかな瑠璃色の太い線。まぎれもなきカワセミだ。
わーっ、よくわたしの目の前にあらわれてくれたね。ありがとう、ありがとう。そっと、上から覗き込む。いつまでも眺めていたい。ときどき、首を上下に揺らしたりしている。何をしているのだろう。特に川の中の小魚をねらっているようにも見えない。
カワセミには、首というものがないのか、胴体の上はすぐ頭といった感じの、ほとんど2頭身に近い体型。これがなんともいえず、愛らしい。川面低く飛び去るとき、ピピーッとかん高い鳴き声を出す。そして瑠璃色の羽が、鋭くふるえながら拡がる。
あっ、これって、聖霊の使いかな、なんて、突拍子もないことを思いつく。ヨルダン川でイエス・キリストが洗礼を受けた時、ハトがあらわれたというではないか。なんて美しいみ使い。この夏、かなり落ち込んで、くさっていたわたしをなぐさめにきてくれたみ使いに違いない。そう思おう。そう、人生、そんなに悲しいこと、いやなこと、苦しいことばかりじゃないさ。与えられたきょう1日を精一杯生きなさい、と伝えにきてくれたのか。
以来、散歩に出かけるのが、がぜん楽しい。つがいを見たのははじめの2回きりだったが、その後もずんぐりさんは、なぜかわたしの前に姿を見せつづけてくれる。もう合計9回も出会った。これって、奇跡的ではないだろうか。
(2014/09/24)

バルセロナの舗道。ミロのデザイン