(93)ひとり編集者、夏のふらふら歩きの記録
[2023/9/5]

暑い8月も終わった。いろいろあった。

7月29日
田村まつり 上野精養軒・大岡山店にて。
編集装丁家・田村義也(1923~2003)を偲ぶ恒例の「田村まつり」が開催された。コロナ禍もあって久しぶりの集まりとなった。田村久美子夫人は都合で欠席されたが、現役・元の編集者・校正者、印刷所関係者、大学名誉教授などの10名が参加。いちばん驚いたのは、大手新聞社の出版局にいた編集者のSさん(男性)のこと。ずっと見ないなと思っていたが、なんと正規の看護師になっていたことだ。家族の介護から始まり、とうとう国家試験まで受けてしまったという。
田村義也さんは関東大震災のあった年の5月4日、大森の不入斗(いりやまず)で生まれる。正確に言うと、東京市入新井村不入斗241番地。その後、ここは1932年(昭和7)に大森区入新井不入斗、そして1962年(昭和37)に大森区と蒲田区が合併して東京市大田区になると、不入斗の字名はついに消えた。この不入斗の家は関東大震災で倒壊し、一家は大阪に一時避難したという。
参考文献:『田村義也 編集現場115人の回想』(編集・刊行:田村義也追悼集刊行会、2003年)略年譜

8月1日
映画『福田村事件』試写会、渋谷・円山町(コラム92参照)。

8月8日~11日
山梨県北杜市・八ヶ岳山麓へ
3泊4日の旅に行ってきた。お盆休み前の平日だったから、高速も混んでいなかった。宿はいつもの清里高原・牧場(まきば)通り沿いのモロアの森の中にあるバーネットヒルだ。 一冊の本があった。それが今回の旅のガイドブックとなる。
『ウィークエンドケーキ−−「山の家」の暮らしから』(2008年5月刊、講談社)。洋菓子研究家・加藤千恵さんの本だ。


『ウィークエンドケーキ−−「山の家」の暮らしから』

アートディレクション:昭原修三、撮影:中野博安、そして企画・構成・編集:岡野純子とある。南アルプス・甲斐駒ヶ岳の麓にある加藤さんの山の家を舞台に「春夏秋冬・ウィークエンドハウスの暮らしと友人たちへのスペシャルケーキ」(帯より)の構成になっている。
[山の家の友人]とは、
1 ハーブスタンド(フラワー雑貨・バラの生産販売)
2 シンプリーガーデン(イングリッシュガーデン・ガーデンデザイン)
3 イゾルデ(森の料理店[フレンチ])
4 コテージ(森の帽子屋[ストローハット])
5 ナチュール(北欧の雑貨ショップ)
のことで、この友人5人のお店を春夏秋冬の各章の末尾で紹介し、加藤千恵さんはそれぞれの友人にウィークエンドケーキを贈っている。今はもうないお店もある。
8日
昼に北杜市に到着。
日野水牧場でランチ。牧舎の看板などが新調されている。お土産にここで飼われている羊の毛で作ったキャップを買ってもらう。
帽子屋のコテージ(中村ときえさん)へ。愛犬のナイジェルと遊ぶ。
夕方、バーネットヒルにチェクイン。
睦(ぼく)さんで夕食。
9日
朝、アイメイト引退犬のスージーと散歩。
昼はコンビニのおにぎりですます。
コテージへ。ナイジェルと林の道を散歩。ときえさんが借りた本を返すというので、金田一春彦記念図書館(北杜市図書館)に寄る。そのまま、ときえさんと武川のシンプリーガーデン(佐藤春子さん)へ。ここでゆっくりお茶をご馳走になる。
このシンプリーガーデンは春子さんが1996年に開き、苗の販売、寄せ植え教室、庭のデザイン施工をするほか、5月中旬から6月末までオープンガーデンを実施している。春子さんは毎年のようにイギリスに勉強の旅に出かける。娘の 佐藤かれんさんは北欧式手織物の作家だ。
夕方、アイリッシュパブIrish Pub BULL & BEARに向かう。雨が本降りに。そんな中、カフェ・アンティーブ(守屋眞理子さん)もワンちゃんと一緒に来店、ここで4人の女性が合流する。守屋さんは「八ヶ岳倶楽部」(柳生博)の創設期メンバー、今は八ヶ岳南麓の森の中に佇む小さなカフェを営む。
10日
朝、スージーと散歩。
春子さんが、近くの生産農家からモモを買ってきてくれるというので、長坂IC近くの郵便局で落ち合う。桃は「川中島白桃」という絶品もの、この日が最後の出荷日だったという。郵便局前で春子さんが桃の箱を下ろすのを見て、近くにいた地元の女性が駆け寄ってくる。その桃はどこで手に入れたのですかと質問攻め、来年の収穫期、連絡先までを熱心にメモをしていた。
その後、私たちはこの川中島白桃を、やはり春子さんに予約していたコテージの中村ときえさん、カフェ・アンティーブの守屋眞理子さんにそれぞれデリバリーする。守屋さん宅でコーヒーをご馳走になる。カフェの書棚に3冊の新宿書房刊の本を発見する。
『アイルランド田舎物語』
『アイルランドの石となり、星となる』
『グリーンフィールズ』
この3冊だ。カフェ・アンティーブはアイルランドの藁葺き屋根をもつ可愛い建物だ。亡くなった眞理子さんのご主人は、この素敵な建物と1冊の本を遺している。守屋良介著『アイルランドから女性ザッチャーがやってきた:ヨーロッパ式藁葺き屋根の家ができた』。アイルランドから茅葺き職人(ザッチャー)を呼んでこの家を作ったそうだ。ここに新宿書房のアイルランド本があるのもよくわかる。


『アイルランドから女性ザッチャーがやってきた:
ヨーロッパ式藁葺き屋根の家ができた』(文芸社、2007)

夕食はcafé Bouカフェブーブー、そしてまた睦さんへ。
11日
朝散歩。
パノラマ市場とパン屋のインノへ。
昼食は隣町長野県富士見町に移転したカーティスクリークへ。友人K夫妻と待ちあわわせ。お目当てはハンバーグステーキ(ブルゴーニュソース)。Kさんたちと別れ、諏訪南ICから帰京。
今回の旅、どの訪問先でも、ともかく話の花が咲きみだれ、まさに女子会の様相、私は片隅に静かに控えるしらふの運転手、車夫だった。

13日
映画監督の井出洋子さん死去。享年68。布川事件の再審請求を描いたドキュメント映画『ショージとタカオ』(2010)など。布川事件の元被告のひとり、桜井昌司さんは8月23日に亡くなった。

19日
グラフィックデザイナーの鈴木一誌さん死去。享年73。新宿書房では、鈴木さんには1985年から2020年までの間に57冊の書籍のほか、図書目録、チラシの装丁、デザインなどたくさんの仕事をしていだいた(23日、谷中のお寺でお通夜、24日告別式)。

25日
両国駅の北にある東京都慰霊堂で『キャメラを持った男たち−関東大震災を撮る』の試写会。ありがたいことに知人、友人が何人か来てくれた。

26日
ポレポレ東中野、横浜シネマリンなどで『キャメラを持った男たち』がいよいよ上映開始。朝10時の上映にもかかわらず、多数の観客にひと安心。

27日~29日
岩手・宮古へ
40年前、宮古駅前の寿司屋のカウンターで知り合ったわれわれと小幡勉・佳子夫妻。ほんとうに久しぶりの再会となる。今回の映画『キャメラを持った男たち』の宮古上映があったので、ようやく会うことができた。
27日
14時すぎ、東北新幹線で盛岡へ。
駅まで「鳥もと」のご主人・小幡勉さんが車で出迎えてくれた。1時間後、ご自宅へ。ここは崎鍬ヶ崎というところで、国立公園の中にある森の中の一軒家だ。奥さんの佳子もお変わりない。愛犬のクロが大歓迎、指を噛まれる。小さな傷跡がまだ残っている。
夕食はイタリアンのRistorante KATUYAMAへ。地元の海産物をふんだんに使った前菜の数がすごい。

28日
台風のせいか、雨の中、宮古港の漁師の店に行く。小幡さんはムール貝、ほやを購入。車で北へ、山地(やまち)酪農を営む、吉塚公雄さんに会いに行く。そこは、下閉伊郡田野畑村蝦夷森というところだ。吉塚さんは1977年4月開牧、最初の10年間は電気もなかったという。居間で田野畑山地酪農牛乳 をご馳走になる。
吉塚さんは『ひと草楽薬 山地酪農家 吉塚公雄自叙伝―草は牛よ 穀物は人よ』(吉塚公雄著、naturavia、2022)を刊行したばかりだ。帰りにその本をいただく。


『ひと草楽薬 山地酪農家 吉塚公雄自叙伝』

そして、一路「みやこシネマリーン(みやこ映画生活協同組合)」に向かう。ここで奥さんの佳子さんも合流。『キャメラを持った男たち』の午後2回目の上映があるからだ。上映後、奥さんと別れ、われわれは南隣の山田町に向かう。道の駅や産直ひろばに寄る。そして、夕方、小幡さん夫妻が経営する「鳥もと」へ。40年前に小幡夫妻に会った時は、カウンターだけの小さな焼き鳥屋を夫婦2人だけでやっていた。それがどうだ、この今のお店!2011年3月の東日本大震災もみごとに乗り越えてきた。
われわれと小幡夫妻の4人で食事を始めていたら、3人のお客が合流する。みやこシネマリーンの常務理事・櫛桁一則(くしげた・かずのり)さん、「20世紀アーカイブ仙台」坂本秀紀さん、音楽家の金野侑(こんの・ゆう)さん、映画配給(ウッキー・プロダクション)の猿田ゆうさんの面々だ。
29日
朝、勉さんとわれわれはクロと散歩に出かける。岬まわりの1時間の散歩。
朝食のあと、奥さん、クロを残して崎山貝塚へ。正式名称は「宮古市崎山貝塚縄文の森ミュージアム」へ。学芸員の方がわれわれ3人についてくれ、丁寧に説明してくれる。貝塚の後は田老町に向かう。新しい防波堤の横を走り、17.3メートルの津波で被害を受けた「たろう観光ホテル」の前に。今は津波遺構としてそのまま保存されている。ふたたび宮古市街に戻り、鳥もとのメンバーがやっているタマネギ畑を見た後、宮古駅前の蛇の目寿司へ。ここに小幡佳子さんが待っている。この寿司屋は、40年前に小幡夫妻と初めて出会ったお店なのだ。
お寿司を食べた後、駅前のバス乗り場へ。小幡夫妻に見送られて、盛岡へ。わずか、2泊3日の旅だったが、頭の中はさまざまな記憶で今も沸騰している。

8月30日
ポレポレ東中野『キャメラを持った男たち−関東大震災を撮る』上映後のアフタートークの司会役(ゲストは朝日新聞社会部編集委員・北野隆一さん)。「震災映画を取材して:『キャメラを持った男たち』と『福田村事件』」

8月31日
この日も、ポレポレ東中野へ。なかなかの入りで安心。