(127) 26年前の古い原稿が出て来た

[2021/6/19]

保谷からいま住んでいる家に移って、この6月で12年になる。引っ越してから一度も開けてないダンボールが、いったいいくつあるのだろう。いらない本はどんどん処分しよう、紙類は資源ゴミに出そうと、連日引っ掻き回している。その中に「犬と酒」(『お酒の四季報』1995年4月春号、No.15号、酒文化の会事務局)という自分が書いた原稿を見つけた。かつて編集装丁家の田村義也さんの紹介で、『酒文化研究』(1〜5号、1991〜96、酒文化研究所)という雑誌の発売元を引き受けたことがあった。この原稿はその縁で頼まれて書いたに違いない。ここに再録してみることにする。

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犬と酒 

村山恒夫

ちょうど1年前に、わが家に子犬がやって来た。人間と話すのがどうにも面倒になってきて、あることがきっかけになって、ジョッギングを始め、勧められるままにホノルル・マラソンまで行ってしまったのが同じ年。孤独なスポーツと思っていた走りが、実は大変な酒飲み集団の行事であることを知って、またもや面倒になってきた時、この犬が来た。
犬を飼うのは、およそ40年ぶりのことである。わが家に来た子犬は今や体重35キロをこえる大型犬となった。犬種はラブラドール・レトリバーという。今や私の生活は彼の完全なる支配下にある。私の酒生活は一変した。もはや、飲み屋をハシゴして夜中に帰宅することなどほぼ不可能になった。というのも彼は非常に早起きで、朝の5時には布団の中の私をたたき起こし(ひっかき、ムササビのようにジャンプして真下の私の上に落下する)、散歩を強要するのである。となると、丈夫でない私はすくなくとも夜の10時には寝ないと体がもたない。
ところが私の酒量はトータルで減っていない、むしろ増えている。というのは、編集室で仕事をしていると夕方になるとそわそわし始め、飲み屋に直行して、彼の夜の散歩時間まで急ぎ飲みして帰宅。8時半にはふらつく足取りで、犬に引かれ、家に戻るまでにはほとんど酩酊状態になっているのである。
犬の物語で私が一番気に入っているのは、イングランド・ヨークシャーの獣医、ジェイムズ・ヘリオットの作品である。彼の数多くの作品には、田舎の小さなパブがよく登場し、近くの人々が噂話に花を咲かせる。そして彼らのテーブルの下には、きまって老犬がうずくまっている。いいなあと思うが、日本では不可能だろう。せめて、野原に座ってビールを静かに飲みたい。ささやかな願いだ。しかし、無理だろう。わが家の暴力犬の前では。
(48歳、東京都/出版業)
[趣味]犬
[好きなお酒]日本酒、ビール、いやなんでも
[好きな飲み方]夕暮れ近く、冷酒とトーフ、朝のビール、桜の花と下での熱燗

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ここに登場するラブラドール・レトリバーの名前は雄の「ザック」。1994年10月に千葉県市川市の本八幡のブリーダーの家で生まれ、翌11月に当時住んでいた保谷の家にやって来た。その頃、新宿書房の事務所は市ヶ谷駅に近い、千代田区九段南にあった。それから、1998年6月に今度は四ツ谷駅から歩いていける、新宿区三栄町に移っている。ザックは九段南の事務所にも三栄町の事務所にも頻繁にやってきた。そのザックが死んだのが2006年6月28日だ。新宿書房はその年の8月に今の九段下にある事務所に移った。それから15年も過ぎた。
ザックは我が家の歴史でいうと、ほぼ保谷時代に一緒に暮らしたことになる。この掲載記事と一緒にたくさんのザックの写真が出て来た。ここで一部を紹介しよう。