(24)「映画の教室 2019」、「キネマ旬報映画本大賞2018」
[2019/6/8]

6月5日(水)は、私にとって文字通りのビッグ・ウェンズデイだった。

まず、本コラム(18)で紹介した、国立映画アーカイブ(NFAJ)での「映画の教室 2019 PR映画にみる映画作家たち 3. 桜映画社:村山英治・杉井ギサブロー・大塚康生」が夜7時20分からの上映だ。前売り券がすでに完売、当日整理券は70枚と聞き、あわてて昼前11時に京橋に駆けつける。当夜は定員151人が満席。村山英治の『アメリカの家庭生活(三部作)』(64)は第二部の「おかあさんの仕事」、杉井ギサブローの『たすけあいの歴史』(73)、大塚康生の『草原のテングリ』(77)の3本である。後者の2本はオリジナル版からのニュープリントだ。

「おかあさんの仕事」(28分)はイリノイ州のエバンストンの弁護士のオーティス家での撮影、後半はサンフランシスコの老人の生活。半世紀以上前のアメリカだが、その家庭生活のレベルの高さに驚く。現在の生活モデルがすでに完成されている。スーパーマーケットでの小切手支払い(これは正にキャッシュレスだ)、週間予定表のチャート表(これはエクセルだ)、買い物リストの作成、自宅の修理・改築(西部開拓から続くDIY)も然り。教会の奉仕で、オーティス夫人がゲステットナーの輪転印刷機で資料を印刷する場面が出てくる。パソコンどころかワープロもコピー機もない時代だが、生活の仕組みはすでに出来上がっている。われわれはこの暮らしに憧れ、目指してきたのか。しかし日本では、やはり生活基盤が違うのだ。
『たすけあいの歴史』(30分)は欧米での生命保険のはじまりを描いたアニメーション。壮大で生々しい人間の歴史ドラマとなっている。画面のデザインやアニメーションの人物造形も面白い。この歴史的時間のお話をうまくまとめた脚本は村山正実。
『草原のテングリ』(21分)は中央アジアの遊牧民の子どもが主人公のアニメーション。チーズ誕生の物語。ナレーションの市原悦子(1936~2019)の声がいい。大塚は宮崎駿の師でもある。
どれも、PR映画とは思えない質の高さだ。スポンサーの懐が深く、どれも作家性が強く感じられる3作だった。

そして、昼休みに神保町の書泉グランデでこの日発売の『キネマ旬報』を買いに行く。本日発売の6月下旬号で「映画本大賞2018」が発表されたからだ。 なんと、このベスト・テンの中に小社の本が2冊、第2位と第9位に入ったのだ!ベスト・テンの各書籍には上位に投票した選者が解説を執筆している。

第2位『村山新治、上野発五時三五分―私の関わった映画、その時代』デザイン:桜井雄一郎(5月刊)
「東映東京撮影所の中軸監督として「警視庁物語」シリーズ(57~61)、実録犯罪映画の傑作「七つの弾丸」(59)、佐久間良子の女学生が神々しい「故郷(ふるさと)は緑なりき」(61)などを残した村山新治(1922〜)の回想録。職人わざを発揮し、娯楽映画を作り続けた人生は、そのまま撮影所の歴史でもあった。出版には親族が関わり、敬愛をこめた丁寧な編集にも心うたれる。(尾形敏郎)」
最後のくだりには、泣けてくる。感謝、感謝だ。


第9位『そっちやない、こっちや―映画監督・柳澤壽男の世界』造本=鈴木一誌+下田麻亜也+桜井雄一郎(2月刊)
「戦前に松竹京都の時代劇で監督デビューを飾った後に、文化映画やPR映画の領域での仕事を経て、晩年の「福祉ドキュメンタリー」の傑作とされる五本の映画群へ……。この絶妙かつ緻密なバランス感覚に貫かれた書物は、圧巻と呼ぶほかない柳澤壽男の映画人生と作家性の全貌をあらわにする難題を見事にクリアした点で画期的であるばかりか、今後の作家研究の起爆剤ともなるはずだ。(北小路隆志)」
これもまた絶賛していただいた。


映画雑誌『キネマ旬報』が主催する「映画本大賞」。この賞は2004年から始まり、今回は15回目となる。選出方法は、出版社や著者からの応募ではなく、24人の選者(映画評論家、ライター、イラストレーター、編集者、芸術書を担当する書店員)が前年に出た映画本の中からベスト10冊を選出する。それぞれ1位=10点、2位=9点……10位=1点として、編集部が集計し、結果を出したものだという。
毎年300点、400点を超えるともいわれる映画本の出版物から、小社の本が2冊もベストテン入りを果すとは、本当に快挙というほかはない。

第7位には、川本三郎さんの『あの映画に、この鉄道』(キネマ旬報社)が入った。この本のことについては、本コラム(11)ですでにふれた。同書の中で、川本さんは、村山新治の『故郷は緑なりき』(61)、『旅路』(67)を紹介してくれた。川本さんは折りにふれて、村山新治の映画を紹介してくださり、昨年2018年5月の本書刊行の際には帯文まで寄せてくださった。
「10代の時、『故郷(ふるさと)は緑なりき』に感動し、村山新治の名前を知った。そして「警視庁物語」シリーズ、鉄道映画『旅路』。東映の現代劇は村山新治なしには語れない。待望の書。戦後の混乱期、『ひめゆりの塔』『大地の侍』など多くの映画で助監督をつとめた。長い助走期間があったことに納得する。――川本三郎(評論家)」

『村山新治、上野発五時三五分』が刊行まで、著者自身の回想の執筆から実に20年の歳月が流れている。また2011年から始まった出版編集が、翌年に入りインタビューを追加する構成そのものに問題が発生し、さらに5年間もストップしてしまった。このことは、本書の「編集後記」ですでにふれた。本書の誕生は、回想やその解説座談会を連載してくれた雑誌『映画芸術』の編集部、荒井晴彦さん、澤井信一郎さん、深作欣二さん(故人)のみなさんのお力があってはじめて可能となった。
また、著者自身が大事に保管してきた撮影写真、シナリオ、関係する新聞記事のスクラップが大いに役に立った。本書は「スチール」を使わない映画本である。スチールを買う予算がまったくないことの苦肉の策として、撮影風景や資料の多用したことが、かえって本書を徹底した製作過程や撮影所の歴史を語る映画本にしたといえよう。
デザインの桜井雄一郎さん、編集協力や校正のみなさん、ほんとうに最後の最後まで粘ってがんばってくれた。みな96歳を迎える著者・村山新治になんとか早く手渡したい、そんな気持だった。その叔父・村山新治も来月7月10日には元気に97歳の日を迎える。このニュースもほんとうに喜んでくれた。


村山新治氏近影


『そっちやない、こっちや』の編集もほぼ2年間にわたる長丁場だ。製作ノートを見ると、スタートは2016年の2月。編者、浦辻さんが長年にわたり集めてきた資料と、その執念の企画に、多くの関係者の力を得て結実したのが本書である。その2年の間に対談、インタビューなどの追加取材があり、また長篇の評伝の執筆とその裏付け調査が重なり、かなりきつい作業がつづいた。協力いただいた多くの執筆者のみなさんのなかに共通にあったのは、この忘れさられようとしている柳澤壽男という映画監督の全体像をなんとか残そう、という一念だった。
刊行のメドがぼんやり見えてきた2017年の10月には、2018年2月3日から16日までシネマヴェーラ渋谷(内藤由美子支配人)での回顧上映「戦後映画史を生きる 柳澤寿男監督特集」(福祉ドキュメンタリー映画5部作を含む全23本の上映!)が決定し、同月半ばにはパンフを作成することに。そこに本書の内容見本を書かなければならないことになった。まだ構成も決まらない段階で、ついに退路は断たれた。おそくとも2月1日には見本ができることが至上命令となった。2017年末には入稿したい。結局1月15日入稿、見本2月2日となり、上映開始日の前日(!)にシネマヴェーラ渋谷に持ち込むことができた。それも本書の影の功労者、鈴木一誌さんのいわば腕力のおかげだ。

さまざまな困難を乗り越えて刊行した2冊の映画本。今回の「キネマ旬報映画本大本賞2018」のベスト・テン入りはほんとうにうれしい事件だ。そして、昨年の刊行から1年たったこの時点で、再度販売チャンスをいただいたこと、これも出版社として最大の喜びだ。充分に在庫あり。どうかよろしくお願いします。