(15)夏の終わり
[2015/9/11]

 長い夏休みの半分が終わった。いつもだと暑い8月のひと月、どこへも行かず、ただただ自宅で、「なんとかならないか、この猛暑」とぼやき続けるだけに終始するのだが、今年の夏はちょっと違った過ごし方ができた。

 初旬に、小諸の友人宅に押しかけた。文字通り、勝手に避暑地と決め込んでの図々しい訪問だった。それなのに、女主人はいやな顔ひとつ見せず、われわれ夫婦を歓待してくれた。夜、畳の客間でエアコンなしで眠る快適さといったら、なによりのごちそうだった。

 そして、8月の終わり、清里と草津へ4泊5日の女三人の旅。これは、全く予定外のできごとだったが、これまでにない新しい経験と楽しさが待っていた。高校時代の友人Fさんと彼女の友人Kちゃんのふたりは、大のクラシック音楽ファン。ここ10年ほど、彼女たちは、8月に2週間にわたって開催される草津音楽フェスティヴァル(正式名は、草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル)に通いつづけているのだ。そこへわたしも「連れていって と、強引にお願いした次第。ふたりは、こころよくわたしのためのチケットを手配し、宿も3人が泊まれるよう調整してくれた。

 東京からFさんの愛用車に乗りこみ、愉快な旅がスタートした。Kちゃんも運転はベテラン。ペーパードライバーのわたしは、もっぱら会計係となり、少しばかりのお手伝いをこなした。ふたりは、わたしなどよりもはるかに行動派だ。それも、国際的に飛び回るような女性たち。ということは、人生を楽しむ達人だということをも意味する。

 わたし自身は、クラシック音楽に関しては、ほとんど無知に近い。わたしのクラシック音楽のレパートリーなんて、ほんのわずかでしかない。数年前にはじまった耳鳴りの音消しのため、就寝時、ボリュームをごく小さくして、ヨーヨーマの演奏によるバッハ無伴奏チェロ組曲を流す程度だ。

 それでも室内楽が好みなので、フェスティヴァルでの小人数による演奏は、どれも静かに心地よく聴くことができた。演奏者の大部分は海外からの招待客で、ウィーンフィル、ベルリンフィルなどの現役とOBたちだそうだ。期間中、演奏会は夕方4時にスタートしたが、午前中は日本の音大に通う学生たちの指導にあたられるのだ。そんな粋なプログラムが、36年間も小さな草津の町で繰り広げられていたなんて、まったく知らなかった。

 そして、わたしたちにとっては初日となる27日の演奏会には、天皇皇后両陛下もおいでになり、ともに音楽を堪能された。美智子さまは、カジュアルなブラウスとパンツ姿。足もとに目をやると、なんとスニーカー。軽快な服装のなかにも、あの優雅な気品さをたたえながら、お出迎えするわれわれににこやかに会釈を返された。

 こうして、予想もしなかった、音楽漬けの四日間を初体験することができた。とりわけ印象深かった演奏は、チェコ出身のパノハ弦楽四重奏団によるもの。激しいドラマチックなスタイルというのではなく、感情を抑えた美しい調和と透明な音色による演奏が、静謐さと高い芸術性をにじませていた。

 一昨年の12月に、ウィーンをはじめて訪れたとき、プラハまで足をのばそうかというプランも持ち上がったが、結局時間的余裕がなく実現しなかった。今回の旅の仲間であるFさんとKちゃんは、個人的にパノハ弦楽四重奏団と親しく、数年前、プラハでの彼らのコンサートに招待され出かけたそうだ。銀髪のパノハ氏をはじめ4人の演奏家たちは、いずれもおだやかな初老の男性たちだった。ロビーでお会いすると、パッと顔を輝かせ、握手とハグを自然に求めてこられる。音楽家と音楽に溶け込んでいるふたりの女友だちが、羨ましくも誇らしくも感じられた瞬間だった。草津音楽祭は、今後もまだまだ続きそうである。また、出かけたいものだ。


演奏家たちの練習風景