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シジュウカラ

[2002/05/13]

笠井逸子

ゴールデンウィークが終わりました。東京はめずらしく天候に恵まれ、初夏をおもわせる陽射しのまばゆい日もありました。けれどわたしは残念ながら、どこへも出かけずじまい。5月1日の水曜は平常どおりの授業が入り、埼京線に乗って大宮駅近くの短大まで出勤。したがって実質的には、2日から6日までの5日間が、わたしにとってのホリデイとなりました。そのうちのなか3日は家にこもって、原稿の校正作業に没頭。仕事をサンドイッチ状にはさむ形で前後2日だけ、かろうじてガーデニングに精を出すことができました。

初日は、自由気ままに延び放題だったワイルドストロベリーを、おもいきって大量処分しました。もとはといえば、たった一株植えただけのワイルドストロベリーでしたが、驚くほどに強靭な生命力と繁殖力をもった植物で、ありとあらゆるスペースを埋め尽くしていました。4月には、白くて丸っこい小花を咲かせ、5月に入るとぷっくり愛らしい赤いベリーを実らせ、秋にはしっかり紅葉してくれた、文字通り野性味あふれるワイルドストロベリー。気の毒でしたが、ここらで大半が退場となりました。簡単に引き抜かれたあとには、風通しのよくなった地面が顔を出し、2、3日もすると、これまで遠慮がちに生きていたのでしょう、いつ植えたのかさえ忘れてしまっていた草花たちが、再登場してくれました。アメリカンブルーのひと群れも、ようやくのびのびと体をのばせたようで、涼しげな空色の花が、足元で風に揺れています。

正面玄関の入り口にみたててこしらえたアーチには、ハニーサックルとハゴロモジャスミン、そしてブラックベリーの3種類のつるものが、互いに勢力争いをしながら、からまりあって繁茂しています。いまのところハニーサックルの力勝ちで、アーチの天井を重たく葉が覆っています。花もいまが盛り。甘い香りもほのかに流れ、アーチの真下に立つとハニーサックルの香料にすっぽりと包まれて、これぞ天然のいやしカプセルに入った気分。

ゴールデンウィークも終わりに近づいたある朝、南側の無粋なブロック塀を隠す形で建てた、高いトレリス近くをうろうろしていたときでした。カリンの木とノウゼンカズラの葉がうまくとりかこむ格好にとりつけた鳥の巣箱から、小さくジジ、ジジと音がもれてくるような気がしました。なにかな、と足を止めて耳をすませますが、沈黙しかありません。気のせいだったかな。最近は、聞こえもしないものが、聞こえる気がすることも多いような。ピー、ジー、チン、ピーン、ツン、などなど、まぎらわしい機械の音が町に氾濫していますから。でも、また聞こえたような気もします。

本物でした。翌日には、はっきりとヒナの鳴き声が聞こえてきました。ちっとも気がつきませんでした。2年ぶりに、シジュウカラが卵を産んでいたらしいのです。それからはいっきに元気なヒナドリたちの声が、巣箱からはじけてきました。朝は6時まえから、夕方は7時ちかくまで、えさをくれ、えさをくれ、とひっきりなしにヒナたちはなきわめいています。

親鳥のほうは、大変です。東奔西走、休むいとまもなく、虫を探して飛び回っています。せわしなく小刻みに震える小さな体から、親鳥の愛情と息遣いがひしひしと伝わってきます。こちらまでが、息苦しくなりそうで、つい胸に手をあててしまいます。心臓麻痺でも起こすんじゃないかと案じられ、痛々しいほど。わが家の貧相なバラについた青虫を、すばやい動きで上手に捕まえる姿も目にします。ヒナの鳴き声は、日に日に大きく、甲高くなっていきます。ジー、ジー、チーー、チーー。そんなに大きな声を出すんじゃないよ、カラスがどこかで聞きつけて、ねらっているかもしれないよ。親鳥の心配が、こちらにも伝わってくるようで、そわそわと落ち着きません。巣立ちはいつ頃でしょうか。あと1週間ぐらいはかかるのでしょうか。無事に全員が飛び立ってくれるまでは、気が気ではありません。

ゴールデンウィークが終わって、大学の授業が再開しました。なかには帰郷した新入生たちもいて、家族や友人たちと再会をはたしたのでしょう、東京での学生生活にも余裕をもってのぞめる顔になっています。まだ全員がもどってきてはいませんが、最近は五月病にかかる学生は少ないようで、ほとんどがまじめに勉強にとりくんでいます。夏休みまではもう祝日もなく、このまま梅雨と夏のはしりの時期を、教師も学生もひた走りに走り抜けるばかりです。


*筆者(かさい・いつこ)は『グリーンフィールズ』の訳者。東京都杉並区に在住。夫とボーダーコリー(小次郎)と住む。

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あああ
あああああああ